【日体大/藤本珠輝】僕が走り続ける理由 #6 ~エースとしての自覚~

月刊誌、WEBサイトの編集を経てフリーランスとして活動。スポーツを中心に教育関連や企業PRなどの制作・運営に携わっています。屋外の取材が多く、髪の日焼けやパサつきが気になりつつも「髪コト」に参加するようになって、日々のケア方法などを実践するように。最近はヘッドスパにハマる中、みんなの人生を豊かにするよう記事づくりをしていけたらと思います。

【日体大/藤本珠輝】僕が走り続ける理由  #6 ~エースとしての自覚~

手応えが、今も残る。

2021年5月。

関東インカレ1部5,000m。14分00秒74、6位入賞。

関東インカレ1部10,000m。28分18秒52、4位入賞。

2021年6月。

日体大記録会5,000m。13分32秒58、42年ぶりの日体大記録更新。

全日本大学駅伝、関東地区選考会10,000m。28分35秒73、日本人トップ。

「関東インカレでの入賞や全日本大学駅伝の選考会で日本人トップの成績を出すことができました。でも、実感がないというか……自分の中での感覚は“できすぎ”かなという感じでもあるんです」

日本体育大学陸上部駅伝ブロック・藤本珠輝、3年生。

「チームの中で一番早いタイム」を持つ“エースの走り”が、そこにはあった。

『エース』としての覚悟を決めて

チーム内で輪になり、話を聞く藤本珠輝選手

2021年、春。3年生となった藤本に、いくつかの変化が訪れていた。

チーム内での立場に変わり、「個性がありながらもまとまって練習や生活ができる学年」の副長を務め、これまでは先輩と同部屋だった寮も部屋長になった。「後輩3人と過ごす毎日」に、自分が上級生になったことを実感する。

競技においては、自身に課す役割がより明確化した。

昨年までは2大エースとして、ともに戦ってきた池田耀平(カネボウ)が卒業し、「持ちタイムがチーム内で一番早くなった」藤本は、文字通り“絶対的エース”となる。それも、今シーズンからはたったひとりで、その看板を背負わねばならない。当然、チームの士気にも成績にも、影響を与える立場になる。

エースという認識は、昨シーズンも持ってはいたが、心のどこかで偉大な先輩を頼っていた部分もあっただろう。でも今は、違う。下級生だったころのように先輩についていくのではなく、自らがエースとして“先頭”を走る。

それも、走り続けないといけないのだ。藤本が、その真情を少しだけ吐露した。

藤本珠輝選手が両手を握りしめる写真

「エースとしてやっていかないといけないと感じていますが、正直な想いとしては、エースってどういうふうに示すものなのか、疑問でした」

エースにかかる責任と重圧。それを見つめ直したからこそ、出てくる本音。その答えを模索しながら、改めて思い描くのは二つのことだ。

ひとつは、やはり池田の存在。藤本から見る池田のすごさはたくさんあるが、中でも生活習慣は見習うことが多かったと言う。

「睡眠時間の大切さも含めて、メリハリがすごかった。僕はなかなか切り替えができないのですが、池田さんは消灯時間を過ぎた瞬間に眠りについていましたし、切り替えやメリハリをつけることの重要性を教わりました。

僕自身も今、見てきたことを普段の生活と練習の切り替えに変換しています」

私生活同様、練習中もレース中もまた、藤本はずっと前を行く池田に、真のエースの姿を見ていた。言葉ではなく、走りで伝える。結果は、その証にすぎない。

それが、池田が見せ続けた「背中で引っ張る」エースの姿。

レース中の藤本珠輝選手

「力強い走りも大事ですが、練習で言葉をかけなくても印象に残ったり、実力で見せたりするのがエースだと思う」

藤本は、池田から渡されたエースという名をタスキも、しっかりと受け取っていた。

そしてもうひとつ。印象に残る言葉がある。

「(西脇工)高校時代の監督から言われていたのは、『期待に応えるのがエース』だということです。その言葉はかんたんに聞こえますけど、1回でも情けない走りをしたら、『エースなのに……』とマイナスに捉えられてしまう。

言葉自体はかんたんでも、とても難しい。それがすごく印象的でした」

藤本はそう言って、言葉を続けた。

「だから自分もその気持ちを持って、あえて『エース』という言葉を(自分に)使うことで、覚悟を決めてやっていこうと考えているんです」

走る藤本珠輝選手の後ろ姿

背中で見せるエースになる。

そして、期待に応える――。

その覚悟は、個人の成果だけではなくチームの押し上げにもつながった。

2021年6月。7枠を争う全日本大学駅伝の選考会。各大学から2名ずつが走る全4組のタイムレースで争われたが、藤本が出走するは各校のエースが揃う4組目だった。

集計に時間がかかり、直前での順位がわからないままスタートを切ったが、3組までのレース展開から「攻める」と決めていた。

藤本がスタートする時点でのチームの順位は、8位。

あとひとつ順位を上げなければ全日本大学駅伝には出場できないが、「それ知ったのは3,000mすぎ」。電光掲示板を確認し、それでも、頭と身体は冷静だった。

「自分からしかけていくしかない」と挑んだ攻めの走りを続けて、10,000mを28分35秒73で走り切った。終わってみれば日本人選手トップ記録。チームも7位に押し上げ、全日本大学駅伝の切符をしっかりとその手の中に収めていた。

エースの覚悟。それは春シーズンで見せた彼の走り、そのものだった。

世界の舞台で、いつか自分も

日本での五輪をイメージした国旗のイラスト写真

2021年8月。

酷暑が続く東京は、世界最高峰の熱戦に沸いていた。

そんなとき、藤本は夏合宿の最中。「休憩時間に見るくらい」という夢舞台のことを、かつて「遠い存在」として話していたことがある。

「自分の力が足りないのはわかっています。だから世界のことを考えることはないですよ」

それは2020年、夏に入る少し前の出来事だった。

その約1年後の今、同じ質問を投げかけた。

――五輪は意識しますか。

「将来は、自分があの舞台に…という想いもあります」

はっきりと言い切った言葉に想いを馳せる。

今夏の東京では、お正月の箱根駅伝で同じ1区を走り「高校時代から何度も競ってきた」三浦龍司(順天堂大)が3,000m障害で7位入賞を果たし、西脇工高で陸上部の先輩だった田中希実(豊田自動織機TC)は、1,500mで日本新記録を続けて更新。決勝では8位を手にしていた。競技は違うが、日体大で学ぶ入江聖奈(ボクシング女子フェザー級金メダリスト)、阿部詩(柔道女子52kg級金メダリスト)も同学年だ。

そんなふうに見渡せば、藤本の周りには、同世代でもすでに“世界”で戦う選手がいる。

刺激は、常に受けてきた。だからこそ「今後はどうなるかわかりませんが」と前置きをして、今の心境をのぞかせる。

レースについて語る藤本珠輝選手

「春シーズンを走り終えて実感したのは、5,000mなどのトラック競技は好きだけれど、それ以上にもっと長い距離のレースに出て戦いたいということです。

スピードは磨いてもおよばない。だから、マラソンにチャレンジしたい。でも、3年後は正直早いかなと思っています」

以前「教師を目指したい」と口にしていた将来像も、職業としての競技生活を送ることに変わりつつあった。

今、彼の視線の先には、ロサンゼルスの夏がある。

自分に課す期待と重圧

「責任と重圧」を感じさせる、真剣なまなざしの藤本珠輝選手

変化と刺激。

それを目いっぱいに受けて抱くのは、エースとしての確固たる想いとランナーとしての新たな夢。そのスタートラインに立って、次に見据えるのは勝負の秋シーズンだ。

大学駅伝が白熱するその季節に、藤本が挑むのは本格的に走り始めた10,000mとハーフマラソン。そこには、乗り越えなければならない壁がある。

「10,000mで、池田さんが出した日体大記録(27分58秒52)をしっかりと更新したい」

それから、「ハーフマラソンを走る箱根駅伝の予選会を通過すること。それが目標です。エースの役割がある以上、予選会は日本人トップを狙いたい」と続けた。

強気の言葉は、自分への期待。

そして自らに課す、責任と重圧。

覚悟が今、使命に変わる。

2021年夏の終りに、はっきりと見えた“期待に応えるエース”の片鱗。

それを、しっかりとつかむ準備ができた。

【過去の取材記事はコチラから】

僕が、走り続ける理由 #1

僕が、走り続ける理由 #2

僕が、走り続ける理由 #3

僕が、走り続ける理由 #4

僕が、走り続ける理由 #5

Presented by SVENSON

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