【日体大/藤本珠輝】僕が走り続ける理由 #10 ~ラストイヤー02~

月刊誌、WEBサイトの編集を経てフリーランスとして活動。スポーツを中心に教育関連や企業PRなどの制作・運営に携わっています。屋外の取材が多く、髪の日焼けやパサつきが気になりつつも「髪コト」に参加するようになって、日々のケア方法などを実践するように。最近はヘッドスパにハマる中、みんなの人生を豊かにするよう記事づくりをしていけたらと思います。

日本体育大学・藤本珠輝選手の記録

8月下旬。
藤本珠輝は、再び苦渋の決断を下していた。

「予選会は走れない」

夢舞台への想いを消せぬまま、主将に伝えた言葉の重みが、心の枷になる。
途切れかけた気持ちをかろうじてつないでいた「最後の箱根駅伝」が遠ざかって、行く先は見えない。

それでも、暗い影の裏にまばゆい光はある。

「すごくいい雰囲気だと、すぐにわかった」
9月下旬。藤本の目に映ったチームメートの姿を、今もはっきりと覚えている。

明るく、たくましく、生き生きとした一体感。
「いい状態で箱根を目指せる」
気づけば、気持ちは一気に戻っていた。

いつの間にか苦悩は晴れ、蘇る想い。
4度目の箱根路。4度目の挑戦。
とぎれかけた心がもう一度つながって、今、手の中にある。

風が冷え、木々の葉が色づき始めた季節に、止まっていた歯車は再び、動き出した。

チームの覚悟、エースの思い

日本体育大学・藤本珠輝選手の決意

時計の針を、今夏に戻そう。

日本体育大学陸上部駅伝ブロックは、思うような結果が出せずに下降の一途をたどっていた。エースである藤本も、関東インカレを最後に長期離脱。出口の見えないケガに苛まれていた。

「思い出しても、本当に雰囲気は悪かった」と藤本が言うように、チームも自身も進むべき道をさまよう深刻な事態。

募る危機感に、「(走れない)自分の存在がチームにとってマイナスになってしまう」と藤本はチームを離れた。

「故障期間で練習に参加できなかったこともあり、一度、実家に戻って、しっかり自分自身のケガを治すことを考えたんです」

一人、黙々と筋力トレーニングや水泳などに取り組む毎日。
だが、無情にも時は過ぎていく。

「最も落ち込んだのは8月です」
視線を落とし、当時のことを思い出す。
徐々に回復はしていたものの、トップコンディションには程遠いまま。

「さすがに戻れないなと思いました。長い期間を走れずにいて、箱根駅伝の予選会までも1カ月ほどしかない。自分の予選会出場は厳しいという気持ちで……」

走れない苛立ちは、不安に変わり、心は蝕まれていた。
その中で、再び下さなければならない苦渋の決断。

ランニングシューズ

夏も終わり差し掛かろうとした8月下旬。
藤本は主将の盛本聖也に連絡を入れた。
「予選会は、走れない」

連絡を受けた「盛本は『わかった。お前に頼り過ぎないように練習も合宿もできているから任せてほしい』と言ってくれました」と藤本は言葉を続ける。

チームはすでに、覚悟を決めていた。
エース不在で予選会を戦うことになる、と。

そして、それは日体大に火を付けた。

おそらく、藤本がチームを離れたことは、日体大にとっても大きな出来事だったはずだ。だだからこそ、時々藤本から状況報告を受けていた盛本も、決断を聞く前から「珠輝は(予選会は)厳しい」とチームメート伝えていた様子だった。

かつてないほどの危機感に直面し、個々が奮起。チームとしても、何より強い一体感を生み出していくことにつなげていったのだ。

そんなふうにチームが狼煙を上げ始めたころ、藤本はと言えば、まだ浮上のきっかけをつかめないままだった。

「やる気がほとんどない状態。ただ、卒業後も競技は継続しますし、何より最後の箱根駅伝があります。それを考えると少しでもちゃんと練習しておかないと、という恐怖心はありました。だから、無理やり気持ちをつないだ感じで……」

切れかかった心をかろうじてつないでいた箱根路への思い。
それが途切れかけた時、藤本の目に映ったのは、チームメートの姿だった。

日本体育大学・藤本珠輝選手のストレッチ風景

取り戻した心と手にした一体感

2022年9月中旬、日体大は夏の総仕上げに選抜メンバーで合宿を組む。

「それまでの合宿は全く参加できなかったのですが、そこには『いるだけでいい』と呼んでもらったんです。そこでのみんなは、とても調子が上がっていて、すごくいい雰囲気でした」

藤本が見た光景。
それは、主将の盛本らを中心にまとまりを見せて力強く走るチームメートたち。
「必然的にいい練習ができると、空気も表情もすごく良くなる」ことを一瞬で感じた。

「自分も負けていられない」
藤本の中で、“何か”が戻ってくる確かな感覚があった。

「気持ちが一気に戻った感じでしたし、もう一度すごく入りました」

そして、思う。
「チームを離れたことは間違いじゃなかった」と。

エースは、チームに影響を与える。
故にエースなのだが、チームもまた、エースに影響を与える。

駅伝はチームスポーツ。一人で走っているようでも、決して一人じゃない。
互いの手から手へ。
つなぐものがあるから、難しく楽しい。

失意の夏。下した2つの決断には痛みが伴った。
それでも、とぎれかけた心はもう一度つながって、今、藤本の中にある。

10月3日。
第99回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)・予選会、エントリー選手発表の日。

日体大のメンバー表に、藤本の名前は記されなかった。
でも、「いい状態で箱根を目指せる」

長いトンネルをくぐり抜けた日体大は「一体感」に包まれ、藤本もまた、その中にいた。

日本体育大学・藤本珠輝選手とチームメンバーの集合写真

願いを託した予選会

2022年10月15日。
箱根駅伝・予選会。

今年は久しぶりに立川の駐屯地から市街地、国営昭和記念公園を走るコース。
箱根駅伝本戦への出場は、各チーム上位10人の合計タイムで争われる。用意された切符は、43校中たった10枚だ。

その日、藤本はレースの準備に追われていた。
選手たちのゼッケンをユニフォームに付けたり、荷物を運んだり。
自分が走ってきた予選会とは異なる風景の中で、慣れない仕事をこなしながらも、今年は「チームのためにできることはすべてやる」と心に決めていた。

ふと、ユニフォーム姿の仲間に目をやれば、硬い表情だとうかがえる。
「レース前までは大丈夫かなと思っていたんですけど、当日のみんなの顔が固まっていてすごい表情だったんですよね。『大丈夫、大丈夫』『走っている時間は60分ちょっとで練習より短いよ』って冗談半分で伝えたんですけど、やっぱり固まったままで…」

藤本もずっと体感してきたからこそ分かる予選会の「異様な雰囲気」。加えて、「緊張するのはどの大学も同じ」とは言え、最多連続出場回数を継続中の日体大にかかるプレッシャーは想像を絶するものだ。歴史と伝統。誇りもある。

それでも、願いを託す。
「任せたよ」

日本体育大学(N.S.S.U)のTシャツ

午前9時35分。
勝負の時が来た。スタートの合図とともにいくつかの集団ができる。序盤は、順位も真ん中あたりに位置していた日体大だが、距離が伸びるに連れて上位に顔を出し始めた。

「序盤は、どうしてもタイム差がでません。(順位が低くても)全く心配はしていませんでした。むしろ後半にあげるプランだったので、5km、10kmで順位上がっていくのを見て『もう大丈夫だな』と感じたんです」と、藤本が状況を明かしてくれた。

実は、裏方に徹していた藤本は、選手たちの様子をしっかりと見てはいない。
「駐屯地を走っているところは見えたんですけど、意外と仕事が多くて市街地に出たときはあまり見られなくて。それでも応援したいという気持ちが強くて、コースのいくつかのポイントで『今、何位だよ』と叫んだ」と笑う。

15km過ぎ。
藤本の願いは「いける」と確信に変わった。

「チームの強みは一体感。日体大は本当に集団で走ることを重点的にやってきました。合宿で培ったものが発揮されていましたし、この一体感が予選会の強みになって結果につながったと思います」

一時は正念場とも言われた日体大だが、終わってみれば5位でフィニッシュ。盛本、廣澤優斗らが順当にタイムを伸ばし、集団走の美しさと強さを遺憾なく発揮した。

日本体育大学のハチマキ

テントの裏で吉報を聞いていた藤本は、走り終えたチームメートに声をかけた。
「ありがとう」。

それ以外の言葉は見つからない。うれしさと安堵感に包まれた4度目の予選会。
これまでとは違う景色の中で、感謝の気持ちが、ただただ溢れた。

思いをつなぐ、最後のたすき

11月5日。
藤本は日体大で行われた非公式のレースを走った。
まだ本調子ではないが「順調に練習できている」手応えが残る。

日本体育大学・藤本珠輝選手のレース風景

目指すところは、学生生活の集大成。
第99回東京箱根間往復大学駅伝競走だ。

「スマートで、かっこいい走りよりは、泥くさくてもいいので粘りのある、気持ちが伝わるような走りをしたい」

心は熱く、晴れやかだ。
そして、ずっと抱いている思いも、そこにはある。

「自分が発信を始めたのは、脱毛症の人や脱毛症のこと知らない人に、病気のことを伝えたいという気持ちがありました。脱毛症になっても、元気に競技に取り組めていることを知ってほしい」

症状は落ち着き、髪も伸びた。
かつてトレードマークだったハチマキのことを「最後の箱根駅伝だし、(つけるのは)どうしようかな」と笑ったが、彼の走る姿は多くの人に勇気や希望を届けてきた。

今、目の前にラストチャンスがある。
チームメートがたぐり寄せた出場権。でも、譲れないラストラン。

「チームメートは仲間でありライバル。お互いにもっと意識をしながらやっていけたら、他大学には負けないと思います。このチームの良さは、やっぱり一体感。その上で、もっと個々が我を出していい。箱根駅伝は、1区以外は単独走です。一体感の中からさらに個が顔を出して、1人で攻めて行けるような走りを、みんなで目指したい。自分の状態もかなりいいので、どんどん切磋琢磨していきたいです」

紡がれる言葉が明るい。
藤本いわく、今の日体大は言いたいことが言い合えるいいチームだ。たまにはケンカをすることもあるが、ぶつかり合うことで磨かれるものは、確かにある。

日本体育大学陸上部の食事風景

「たすきという一つのつながりを持つことで、一体感をより感じられる。それは駅伝の難しさであり、楽しさ。改めて、そう思います」

ケガに泣き、苦しんでもがき続けたラストイヤー。
バラバラになりかけたピースを、チームメートともう一度つなぎ直して駆け抜ける箱根路は、どんなふうに彩られるのだろう。

「ここまで成長できたのは、箱根駅伝という大きな目標があってこそ。感慨深いですね。4年生になって、次が本当に最後。大学生活の集大成なので、自分がこれまでがやってきたことを証明するためにも、しっかり結果で示したい」

日本体育大学陸上部駅伝ブロック、藤本珠輝、4年生。

もうすぐ迎えるラストラン。
最高のライバルである仲間とともに。
手から手へ。思いを込めた、最後のたすきをつないでいく。

【過去の取材記事はコチラから】

僕が、走り続ける理由 #1

僕が、走り続ける理由 #2

僕が、走り続ける理由 #3

僕が、走り続ける理由 #4

僕が、走り続ける理由 #5

僕が、走り続ける理由 #6

僕が、走り続ける理由 #7

僕が、走り続ける理由 #8

僕が、走り続ける理由 #9

Presented by SVENSON

 

公開日:2022/12/22

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