髪を、活かそう。スヴェンソン

10 河合 雅司が行く 令和ニッポンの旅の風景

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取材や講演で訪れた全国各地の風景を独自目線で綴る連載コラム
作家・ジャーナリスト 河合 雅司

令和ニッポンを歩く

河合 雅司
作家、ジャーナリスト

〈プロフィール〉

生年月日 1963年
経歴 名古屋市生まれ。作家、ジャーナリスト、高知大学客員教授。
中央大学卒業。内閣官房有識者会議委員、厚労省検討会委員、農水省第三者委員会委員など歴任。
2014年、「ファイザー医学記事賞」大賞を受賞。
主な著作に『日本の少子化 百年の迷走』(新潮社)、『未来の年表』(講談社現代新書)などがある。
増毛歴 2018年よりスヴェンソン式増毛法ご愛用

皆様こんにちは。作家・ジャーナリストの河合雅司です。頭髪が薄くなるにつれて〝老い〟を決め込んでおりました私ですが、「老け込むのはまだ早い」と思い直し、思い切ってスヴェンソンさんの扉を叩いてみました。
効果はてきめん。見た目もさることながら気持ちまですっかり若返りました。もっと早くに決断していればよかったなと思っております。
 さて、今回から当コラムを担当することになりました。テーマは、私の趣味の〝街歩き〟にちなみ、「令和ニッポンの旅の風景」です。
私は職業柄、取材や講演で全国各地を訪ねる機会が多いのですが、気持ちが若返るとより遠くまで出掛けてみたくもなるものですね。旅の醍醐味といえば、見知らぬ土地での思わぬ出会いですが、当コラムでは私の旅日誌の中から思い出の一端をご紹介してまいりたいと思います。ご愛読のほどよろしくお願いします。

滝廉太郎が愛した難攻不落の荒城と城下町

市役所の研修会講師として招かれて大分県竹田市を訪れた。熊本空港から自動車で小一時間。気品あふれる城下町に到着した。竹田市といえば滝廉太郎が少年期を過ごし、名曲「荒城の月」を作曲するにあたって想を得たといわれる岡城が有名である。
 まずは首藤勝次市長を訪ねた。竹田市も少子高齢化と人口減少が深刻な課題となり始めている。竹田市の未来の街づくりについて熱のこもったお話をうかがった。
 夕食前、少し時間が出来たので市役所職員に付き合って頂き、岡城址に足を延ばした。城下町には往時の隆盛をそのまま伝える白壁や仏閣がいくつも残っている。途中、格式ある武家屋敷が立ち並ぶエリアに立ち寄ったが、映画村にでもいるような不思議な思いに駆られる。

 武家屋敷をゆっくり散策したかったが、夕暮れが迫ってきたので、慌てて岡城に向かった。急峻な崖の脇に石垣がそそり立っている。市役所の若き職員が「岡城は専門家から『日本最強の城』に選定されたんですよ」と教えてくれた。
 確かに、天正14年には島津藩3万7000人もの軍勢に責め立てられながらも、わずか1000人で撃退したという難攻不落の名城である。それにしても。重機がない時代にどのように建設したのだろうか。
岡城は源頼朝と仲違いをした義経を迎え入れるために築城したとも伝えられる。結局、義経入城の夢はかなわなかったというが、岡城址を歩いている間、私の頭の中では「荒城の月」のメロディーが流れ続けていた。
翌朝、趣味の街歩きと朝の散歩をかねて、城下町を1人で探索した。コンビニなど〝いまどきの建物〟は一軒もない。「昭和」で時間が止まったかのような素敵な街並みが続いている。これほど大規模な城下町が綺麗な形で残っている例は、全国でもそうは多くないだろう。
廣瀬神社が見えてきた。司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも描かれた日露戦争の英雄の1人・廣瀬武夫の生誕地でもあることを知らなかった。
途中、コーヒーを飲みながら「この城下町に市民が集まり住んで、いにしえの賑わいを取り戻せたならば人口激減時代にあっても魅力ある街として生き残るに違いない」などとぼんやり思いにふけった。
 市役所の講演を終えての帰り際、「また来てください」と、岡城址に同行してくれた若き市役所職員が声を掛けてくれた。そう言われるまでもなく、この美しき城下町がすっかり気に入ってしまった。

エレガントな月山の星降る夜

仕事の関係で西川町役場を訪れることとなった。山形新幹線の山形駅で下車し、山形自動車を車で30分ほど移動すると、国道112号沿いに集落が見えてきた。今日の目的地である西川町だ。山形県のほぼ中央に位置し、新緑がまぶしい山々に囲まれている。日本一の清流とも言われる寒河江川が彩を添える。
町役場の近くで降り立った。パラパラと店舗があるぐらいで、市街地らしき賑わいは見当たらない。しかしながら、西川町の面白さは町役場の周辺だけを見ていたのでは分からない。出迎えてくれた町役場の職員の案内でさらに国道を進むと、突如風景が開け、眼前に大きな湖が現れた。月山湖である。
そう、西川町は百名山の一つである月山を抱える町なのだ。月山湖の湖畔の売店に立ち寄って名物の玉こんにゃくで腹ごしらえをした後、ロッジ街に向かうこととした。
月山は標高1984メートル。珍しい盾形アースピーデ形式の火山だ。山形には名峰が少なくないが、どこか女性を思わせる優雅な姿の月山はファンも多い。豊富な残雪があり国内で唯一夏スキーが楽しめるとあって全国各地からスキーヤーが集うスポットとしても有名である。

月山湖から自動車で山道を登っていくと、空気がどんどん冷たくなってきた。雪解け水が随所で轟音を立てながら流れ落ちている。この季節しか見られない〝小さな滝〟が無数に見られる。
かなりの山道を駆け上がったとき、大きな平地が現れてきた。スキー客らの駐車スペースだ。ナンバープレートを見ると「高知」などかなり遠方から訪れているらしい。
ここで車を停めて少し歩くと目の前に残雪のゲレンデが広がり、スキーヤーたちが次々と滑り降りてくる様子が見えた。案内してくれた町役場の職員が「ここはかなりの上級者でないと難しいコースです。毎年オリンピアンも練習に来ています」と教えてくれた。
月山を背にして遥か遠くを眺めると、雄大な朝日連峰が見える。まさにクールジャパンというべき風景だ。
この日は、月山スキー場から少し下った志津温泉の老舗旅館に一泊。名湯にのんびりと浸かり、おいしい山菜料理に舌鼓を打つ。寝る前に見上げた夜空は星が降って来そうな大パノラマであった。